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それは廻る特異点

とある人の話

  中学生の時、勉強を教えてくれるお兄さんがいた。

  当時の自分は、あまり生活態度が良くない子どもだった。生命力は強いけど、投げやりで、不機嫌で、いやらしい子供だったと思う。色々と悩みは深かった。
  私を徹底的に無視し続けた2年次の担任は「お前なんかが行ける高校ないよ」と通りすがりに言った。20歳になる前に死ぬだろうと思っていた自分に、その言葉はすんなり入って。それで、「だろうね」と思った。あまり将来の事は考えていなかったと思う。

  2年次の終わりに、お兄さんから教わり始めた。どういう経緯だったのかは忘れた。お兄さんは時々、遊びにも連れて行ってくれた。そういう時、必ずお兄さんに付いてくる同い年くらいの男の人がいたのだけれど、私を含め、子ども達にとにかく当たりが強くて、私はその男の人が嫌いだった。私は気が強くて口が回る子どもではあったので、10代特有の残酷さで持って対抗していたと思う。
  その男の人は、今でいう所の「オネエ」で、医学用語でいうと「性同一性障害」を抱えた人だった。当時の自分にそんな知識はもちろんない。「性同一性障害」が世間に広く知られるキッカケとしては、上戸彩が熱演した鶴本直の存在が大きいと思う。このシリーズが放映されたのが確か2000年前後、この男の人に出会ったのも、ちょうどこの頃だった。
  今考えると、10代の中でも「中学生」という特に多感な時期の子ども達に、この人を引き合わせたお兄さんはスゴイなと思う。信用してくれていたのかなとも思う。が、いや、何も考えていなかったんじゃないか、とも思う。遊びに行った帰りは、いつもお兄さんが運転する車で家まで送ってもらった。走り去る直前、助手席の窓を開けてぶっきらぼうに手を振るその人に、「じゃあな、オカマ」と声をかけると、「だぁれがオカマよぉ!」と絶叫するのが可笑しくて、別れ際にはいつもそう言った。眉をひそめる人がいるかもしれないが、ブスを始めとして私も散々暴言を吐かれたので、これはおあいこだと思いたい。

  急にこの事を思い出したのは、お兄さんに勉強を教えてもらっていた場所の近くに、最近行ったせいだ。少し時間をもらって建物を探しに行ったのだけれど、あの場所に建物はもう無くて、空き地になっていた。

 

  3年次の担任が良い人だった。
  お兄さんとその担任のお陰で、それから偏差値は30近く伸び、所謂進学校に進むことができた。担任は低体温な見た目の言葉少ない静かな人だったのだけれど、合格を伝えに学校に戻った時、大泣きしていた。感情が爆発している所を見たのは初めてだったので、有難いなと思ったのと同時に少しひいた。学校から帰ろうとした時、二年次の担任が声をかけてきて、「お前ならやると思っていたよ」と笑って握手を求められた。その差し出された手を見て、心底軽蔑して、「ありがとうございます」と笑って握手に応えた。


  3年次の担任へは、大学進学した時に、就職をした時に、近況報告のメールを送った。丁寧な硬い文章でメールが返ってきた。相変わらずだったので、笑った。就職報告メールを送った後に携帯電話のデータがトンだ。トンでそのまま、もう何年も経つ。まあいいかと思う。教育関係の知人は多いから、本気で探せば多分直ぐに見つかる。でも、なんかそれも違うかなと思って、そのままにしている。先生には今の生徒がいるだろうし、とも思った。

  お兄さんともあの人とも、あの時の子どもたちとも、高校に入学して直ぐに一度だけ集まったのを最後に、何となく会わなくなった。

  高校3年次に、あの人がある国に「身体を治しにいった」と人伝てに聞いた。それからしばらくして、お兄さんも日本を出たと聞いた。この時になってやっと、2人は恋人だったのかと思い至った。その後の2人のことは知らない。一度だけ、とある番組の海外ロケの映像、伝え聞いていた国とは全然違う場所、現地人の人混みの中を現地人らしい姿で通り過ぎていく、険しい顔のお兄さんが映った。ああ生きているんだなと思った。2人が今も一緒にいるかどうか、それも知らない。

 

  現在の私は出会った当時の2人の年齢を超えた。2人とも余裕があって大人で、よくこんな子どもたちに付き合えるなと、当時は感心半分呆れ半分で思っていた。今の年齢になって思う。当時、自分が思っていたほどには、全然大人じゃなかった。
  お兄さんたちはすごく余裕があって大人に見えた。だから、少しだけホッとする自分もいたりする。あの頃ずっと、私は早く大人になりたかった。
  幾つになっても大人になっても寂しい気持ちとか不安な気持ちは、それなりにずっとそこにあって、多分無くならないんじゃないのかなと思う。それとの付き合い方が上手くなるだけだと思う。
  立派にみえるあの人も、恵まれてみえるその人も、きっとその人なりにしんどかったり、寂しかったり、不安だったりする。寂しかったり、不安だったりするのは、自分だけじゃないから、ちょっと安心する。大人になっても、スムーズに言葉を喋れなくたっていいんじゃないのかなと思う。失敗して、アッチャァと声に出して頭を抱えてもいいんじゃないのかなと思う。1人になった時、不意に深い溜め息を吐きたくなる。身体は疲れていないのになんでだろう。そういう時は大概、心を磨り減らした時だと、大人になってから気がついた。そういう時、茨木のり子フリークの私は「汲む」という詩を読み返す。

  先生は当時、子供ができないことを悩んでいたんじゃなかろうか。お兄さんたちはセクシャリティと世間との間に聳える分厚く高い壁を見上げていたのじゃなかろうか。少しだけ大人になって、私はそれに気がついた。
  道を違えた、けれど私の白紙の心に、確実に数滴の色水を落として行った人達の、今いる場所を少しだけ考える。少しだけ考えて、私はまた自分の生活に視線を戻す。楽しさと煩わしさに絡まりながら、「めんどくさいな」と笑って言いながら、無理せず適当に私は見えている道を歩いていきたいなと思う。

由来

【blank】
1.白紙の、空白の
2.白地式の、無記名の
3.からの、うつろな
4.ぼんやりとした、無表情の、当惑してものが言えない
5.純然たる、まったくの

 

blankという英単語にはこのような意味がある。今回初めてブログを開設するにあたって、最初に頭を抱えたのは、慣れていないブログ形式の文章を書くことではなく、ブログのタイトルだった。商品名にしろ、小説の標題にしろ、名付けというものほど個人のセンスを問われることはないと思う。狙いすぎると滑るし、外しすぎてもショボい。どうしよう。考えた。考えた結果、「:blank」にした。齊藤工監督・高橋一生主演の映画「blank13」から拝借したと思われたかもしれない。
実はこれ、わたしが10年以上前に持っていた銀魂二次創作HPの名前である。怠惰と焦燥が、お古の使い回しを許した。目が覚めるようなものはないけれど、滑らない。無難だ。

 

何故、銀魂だったのか。
たまにそれを考える。

 

社会に媚びない姿勢、ぶっきらぼうに見えて人に向けるどこまでも優しい眼差し、悲喜こもごも。銀魂はそんなウェットな部分を笑いの中に内包している。多分、そういう雰囲気に惹かれたのだと思う。特にその雰囲気が強い初期20巻あたりまでが、公式や二次創作含め、わたしの考え方や興味関心のベースになっている。道を少し外れてしまった生きづらい人々への優しい眼差し、選べなかった出自との戦い、過去への肯定、坂元作品とも通ずる部分があるかもしれない。世の中の圧倒的な流れの中にあって、来るべき必然が未来に待っていても、戦うときには戦わなければならない。社会上層部のA級の人たちではない、市井の人々――B級がそんな風に世の中の流れに立ち向かっていく話だとわたしは勝手に思っている。そういうわけで、わたしは銀魂という巨大ジャンルの辺境で、B級たちの行間を埋める二次創作を細々と生産していた。

サイト名は:blank
タイトルは全てBから始めること。
自分で決めた縛りだった。

Blue hour(山崎が時代に対して思うこと)
Beautiful world(沖田が銀さんへ与える肯定)
Branches(土方さんと人生の選択肢)

この3つはPixivに置いてあるので、よかったらどうぞ。この辺り、読み返すたびに「10代、文章が若い……」と壁に頭を打ち付けたくなるのだけれど、これが当時の精一杯だったのだろうなと思う。あと、当時影響を強く受けた某サイトさんの匂いがする。もし、お分かりの方がいれば、是非語りましょう。
昔の文章を読むのは結構面白い。人は幸いにも忘れることができる生き物だ。色んなことを忘れていってしまう。楽しかったこと悲しかったこと、そこから発生した心の機微たちを。それらを留めた文章は、過去から送られてきた手紙のようにして、現在の私の心に届く。封を開けると、少しだけ埃っぽくなった芳香が立ち昇る。そんなイメージが沸く。

Black river
Birth day
Background
Balance
Beyond
Building blocks
Bottom line
Border
Booklist

他にも、このあたりで書いていたのだが、残念ながらデータがトンでしまっていた。残念。思い出すことが出来たら、また少しずつでも書きたいと思う。

 

次に、IDの由来についても話しておきたい。

「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」(1999)をご存知だろうか。貴重な細眉のレイチェルワイズを見ることができる。当時、小学生だったわたしはこの映画にどハマりした。ヒエログリフが読めるようになるまで没入するのだが、これはまた別の機会に話したい。この時必然として、わたしは古代エジプト神話にも触れた。古代エジプトは基本的に多神教である。その中に、トートという知恵や文書を司る朱鷺姿の神さまがいる。ギリシャ神話をご存知であれば、ヘルメス神と同じポジションだと思ってもらっていい。紙や知識に関わりが深い事から講談社学術文庫でもその姿を見ることができる。わたしは個人的にこの神さまが好きだった。3年前、ツイッターアカウントを新しく作る際、アイデンティティ観想の先にこの神さまがいた。当時、文章は一切書いていなかったが、おこがましくもお守りのようにトート神の英語表記にわたしのラッキーナンバーの13を加えてIDにした。(実はiとjを打ち間違ったので、正しくはdjehutyである。わたしはそういう星の元に生まれた)


はい。
ここまで何が言いたいかというと、これに関しては本当に偶々ではあるが、色々なことに縁があるな、ということである。

 

カルテットを追った先に、高橋一生がいて、高橋一生の先にblank13という作品があった。

 

それらを繋ぐキーワードは「空白」「余白」である。(力技)

 

わたしが昔から「余白」に心を惹かれすぎるせいでの必然か。それは十分にあると思う。方向性を見つけられないまま、見切り発車をしてしまった当ブログではあるが、やっつけで付けた「:blank」という名前は、高橋一生やカルテットを語って行く上で、案外ツボを押さえているのかもしれない。タイトルを縦にして読んだとき、ひょうきんな、少し小馬鹿にしたような表情が見えてくる所が実は気に入っている。

 


決まったという好感触もなく、手垢の付きまくった、このサイト名ではあるが、できる限り末長く付き合っていければと思う。

したコメ雑記

2017年5月末、blank13の前情報が最初に流れた時、まず思ったことは、(この作品を通して、この人の中の何かが少しでも消化できたのならいいけど……)だった。この人とは、勿論、高橋一生のことである。


時々、予知夢、のようなものを見る。
寝惚けている時に喋ったことが一番鮮明で実現しやすい。一緒に寝泊まりをする恋人や近しい友人はそれを知っていた。寝惚けている私は、そのほとんどを覚えていない。以前は半覚醒状態でもメモが取れるように枕元にノートを置いていた。ロト6を当てよう、そういう俗念があった。夢日記を取り始めて暫くしてから、夢と現実の境がつかなくなり始めた。気が狂う寸前だと気がついて、メモを取ることはやめた。宝くじの夢は視なかった。そもそも、そういう可能性を私は持っていないということだと思う。
そういうこともあって、だから、私はあまり偶然を信じていない。未来は限りなく透明な可能性たちが重なり合って存在しているだけだと考えている。大きなモノから小さなモノまで、人が選び続けた選択肢が複雑に絡み合った結果、いずれかの可能性が色を帯び、形を持ち、目の前に立ち上がってくる。運命とはあまり言いたくない。自分で選び取った「必然」と呼びたい。


blank13のあらすじをざっと読んだ時、これは私の知っている話だ、と思った。高橋一生が主演、監督は齊藤工。公開された暁にはいずれ観に行くだろうなと思っていた。

2017年8月、とあるフォロウィーさんが「blank13の舞台挨拶参戦しないの?」と呟き、また別のフォロウィーさんが「勿論するよ」とリプライをしていた。それを見た瞬間、既視感がよぎった。それから、当選メールが届いたスマートフォン画面の映像と会場に入って入り口から見た舞台の映像まで、以前視た夢を思い出した。去年の夏に視た夢だった。夢を視た時点で、会話に入った全員が全員知らない人ばかりで、首を傾げていたのだけれど、その会話ツリーを見て納得した。夢に知らない人はよく出てくる。それでも、そのまま逢うことなく忘れた夢は忘れたまま流れていく。流れた出逢いはどこに行くのか。私の選ばなかった選択肢の中に閉じ込められたままなのだろう。そう考える。感慨深くなった。私はこの一年間、どの選択肢を選んでここに来たんだろう、と。大きい選択肢には思い当たっても、小さな選択肢は思いつかなかった。それからしたまちコメディ映画祭・blank13のチケットを申し込んだ。


今回のチケット争奪戦、今をトキメク高橋一生のファンとの闘いなのだなと最初は思っていた。その後、いやいや、斎藤工がいるじゃないか、と気が付く。なるほど今回は斎藤工ファンもいるから激戦なんだなと思い直した。当日、結論から言うと、観客の黄色い声を、視線を、独占したのは高橋一生だった。ほとんどの観客が高橋一生目当てだった。勿論私も含む。私はかなり戸惑った。ちょっと待ってよ、斎藤工だよ、金子さんもいるよ、そっちにも歓声あげようよ。要らぬ世話だが、かなりハラハラした。結局は斎藤工に歓声を上げる勇気もなく、斎藤工と神野さん、金子さんに対して一生懸命拍手をし、高橋一生には小さく拍手をするという消極的なバランスのとり方をしていた。焼け石に水過ぎた。

当日、高橋一生と対峙するに当たって、かなり緊張していた。上手く心理的な距離を取れる気がしなかったからだ。大好きになるか、無関心になるか。そのどちらかだろうと思っていた。結論として、どちらでもなかった。高橋一生は生きていた。動いていた、目の前で。けれども、すぐそこに居たのに、どうにも“そちら側”だった。テレビや雑誌でみるように、一方通行だった。なので、実物にあったという感覚が未だにない。高橋一生は、そこにいるのに、そこにはいなかった。

高橋一生、本当に隙がなかった。
誰かしら、隙のある瞬間はある。誰かの話を聴きながら、一瞬ぼんやりしたり、考えながらどこかに目線が固定されたり。その人の「生」感が出る瞬間がある。高橋一生はそれが一瞬もなかった。「高橋一生」をしている高橋一生だった。マイクなしの3階席からの質問には、自分もマイクなしで答える。数ある質問に対して、言い淀みなくブレなく高橋一生イズムで答える。舞台袖に捌ける時に、観客に向けた深い礼。ああ、高橋一生だな、ああ、高橋一生だ。じんわりと感動した。その場で自分に求められていることを正確に把握して、全身でもって応える。ホスピタリティとはまた違う、完璧な偶像と言えばいいのか。非常にアイドル性が高いなと思った。偶像の責任もよく知っている。それでも、結局突き詰めた先にあるものは、ただただ純粋に礼節を重んじる心なのだと思う。

次に、目線の重みをよく知っているな、と思った。
帽子があれだったので自信はないが斎藤工とは2回くらい目があったと思う。いとうせいこうさんとは、ほぼほぼ目が合っていた。(多分、いつも人の話を聴くときに目線を落とす角度に私がいたのだと思う。)それだけ近い場所にいた。それなのに、びっくりするくらい高橋一生とは目が合わなかった。見ていて思った。誰にも深入りしない、目線に意味を持たせない、理由がないとそちらを見ない。それなのに、目が合ったと思う人が多い。それに対して、首をひねりながら、「いや、本当にすごいわ」とそういう言葉しか私は口にすることが出来ない。

 

 


多かれ少なかれ、誰しもblankを胸の裡に抱えていると思う。小説映画ドラマ漫画音楽、何でもいい。表現物が、心の奥に湛える静かな湖の湖面を揺らす瞬間がある。もれなく、これは私の話である、誰しもそういう経験はあるはずだ。例えば、太宰治人間失格、これは自分の話だ、と思う人が多いと聞く。

人でもいい、物でもいい。何かに惹かれる時、大きく分けて2パターンあると思う。相手に自己との共通性を感じたとき、もう一つは、自分に持っていないものを相手が持っていたとき。他にもあったら教えてほしい。逆に、相手に違和感を感じる時にも、その2パターンがほとんどじゃないかと思う。

blank13、いい作品だったかと訊かれると、一つ返事で「いい作品」だったと言えない私がいる。その辺り、どうにも心情的に込み入り過ぎている。いい作品だったと思えるにはもう少し時間が必要である。
高橋一生がこの作品に参加したと聞いたとき、私が感じた思いは前述の通りである。また別のありえたかもしれない可能性を通して救われてくれるといいな、と思った。本当に勝手ながら。あくまで予想だが、高橋一生はコウジよりも、どちらかというとヨシユキの方だったんじゃないかなと思っている。丁度お母様が亡くなられた頃だったこと、一度は断ろうとしていたこと。それを知って、なるほどな、と何故だか懐かしい気持ちになった。

 

結局救われたり救われなかったりというのは、どこまでも本人次第だったりする。

幸せにしたい、さみしくさせたくない、孤独にさせたくない。例えば、友人でもいい、恋人でもいい、家族でもいい、誰でもいい。大切にしたい誰かを想うとき、その誰かのニーズに合わなければ、却って、その人をより孤独に追いやったりすることもある。相手がこちらを見ていなければ、想いも願いも宙ぶらりんのまま、虚空を彷徨う。人間関係における大概の揉め事や悩み事は、好意の需要と供給の均衡が保たれていないと“思うこと”に起因するのではないか。時々そんな風に思う。「本当のこと」なんてものは多分どこにもない。受け取ったことが、「本当のこと」なのだと思う。だから出来れば、大切にしたい人には思ったことは伝えていきたい。伝えていきたいけれど、言葉は全てを伝えてくれないことも、もう知っている。私はどうにも臆病なので、ストレートな言葉を使うのに慎重になる。本当のことは怖いと思う。本当のことを知りたいという人を、時々怖いと思う。対象を限定したストレートな言葉が時々、怖い。私の独りよがりな想いとか、強い言葉が誰かを孤独に追いやる事もある、それを知ってから、大事にしたい人たちに強い言葉を使うことには慎重になった。代わりに一歩下がって考えるようになった。とにかく考えて、相手に想いを馳せる。考え尽くしても、孤独に追いやる瞬間はきっと無くならない。だから、それを忘れない。いつも横目に見ながら、覚悟を持って臨む。知らない所で誰かを孤独に追いやることもある、どうにもできないこともある、だからそれを忘れない。自賠責のようなものなのに、皆忘れていることが多い。もしくは知らないことが多い。
責任が取れる範囲で、誰かのことをただただ考える。相手に伝わらないかもしれないけれど、それでいいと思う。いくら言葉を尽くしても伝わらないこともあるから。基本的に人は分かり合えない。ただ、時々、ふいに通じ合う瞬間がある。それで、もういいと思う。
私の見えない所で、私を孤独にしたくない人もきっといる。探しにはいかない。言葉は心全部を表してはくれないから。だから、そのことだけは忘れずにいて、私は私のできることをしたいと、いつも思う。

 


表現は観察者がいることで、やっと存在できる。

「まずは一番最初に自分の人生を肯定しないと、始まらないと思うんです人生って」

高橋一生がこう言って私はとても嬉しかった。ああ、この人、自分でちゃんと見つけ出して勝ち取った人なんだな、と思った。本当に嬉しかった。

だからそっと願う。
どうか、高橋一生さんにとってより良い日々が続きますように。高橋一生が命を燃やす、その時、パチパチと散る火花を、遠くで見つめる観察者でいたい。観察者たちに誠実なあの人に、同じように誠実に構える観察者になりたいと思う。いつかなれればいいと思う。

 

 

前回の記事は、某所ビジネスホテルで書いた。朝4時頃、妙な音で目が覚めた。一定のリズムで人の声がする。寝ぼけながら考えて。よく考えたけれど、意味がわからなかった。部屋に「ヨイショ、ヨイショ」と男性の声が響く。もう一回寝ようと思ったが、寝付きの悪い私である。ヨイショってなんだよ、神輿でも担いでんのかよ。苛立って、悪態をついて、目を開けた。眠ることは諦めて、枕元のスマートフォンを手に取り、前回の記事を書き始めた。6時頃にはいつの間にか「ヨイショ」の声は聴こえなくなっていた。隣室の人だったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。明るくて元気な声だったので、多分悪い人じゃなかったと思う。ヨイショの声を聴きながら、終盤は何となく楽しくなって、勢いのまま仕上げた。


前回の記事を書いて思い出したことがある。わざわざ誰かに話す機会がなかったので、ここで話したい。

父親の臨終の瞬間、私は親友(と勝手に思っている大学の先輩)と車に乗って田舎の高速道路を走っていた。どこかに遊びに行こうとしていたのだと思う。場所は忘れた。Bluetoothで繋いでいた携帯電話が鳴った。もしもし、と声を出すと、「お父さんが死ぬよ!」と車内に絶叫が響いた。立ち会っている人からの電話だった。ちょっとかけ直すから、今運転中だから、と電話を慌てて切った。SAまで10km以上あった。また掛かってきて、出る。事故になるからと大声を出すと、「ありがとうって言って!」と叫ばれた。予想外の言葉に、ギョッとした。困惑したし、狡いとも思った。「死ぬから!ありがとうって言って!」とまた叫ばれた。躊躇って、逡巡した。色々なことが頭を巡った。「ありがとうって言って!」もう、ほとんど悲鳴だった。一呼吸おいて、それからありがとうと声を出した。抑揚なく3回繰り返した。4回目の途中で、電話が切れた。不通音が何回か鳴って、それから静かになった。通り魔に遭ったようなものだった。友人に悪いことをしたなと冷静な部分で考えたのに、呆然としてしまって、かける言葉が出てこなかった。暫く走った後、ずっと待っていたSAが見えてきて、ちょっと入るわ、それだけやっと言えて、車をSAに入れた。項垂れて、ハンドルに顔を伏せた。普段、妙に空気の読めない友人が、つっかえながら「私飲み物買ってくるね」と言って車を降りていく。それに言葉だけで応えながら、流石に今回は空気を読んだなと思っていた。友人は、長い間帰ってこなかった。私はその間に気持ちの整理をつけた。飲み物を手にした友人がやっと車に戻ってきた時、手には飲み物一人分しかなくて、しかもその飲み物の温度が季節と合っていなかった。私は笑った。私泣いてるじゃん、泣いている人に何か飲み物買っていってあげようみたいなのないんですか、と訊くと、「……ああ」と友人が手元の缶を見ながら呟いた。彼女も、もれなく動揺していた。友人は私と私の家族のあらましを知っていた。何か言わなくちゃ、でも、何も言えない。友人なりの精一杯を表情の中にみた。何も言わないでいてくれて、そして、父親の臨終に間接的に一緒に立ち会ったようなもので、それで、(ああ、この人とは多分一生友達なんだろうな)とぼんやり思った。街まで走って友人を駅に降ろして、それから病院に向かった。「blank13の舞台挨拶参戦しないの?」そう言った人に、その友人はなんとなく似ている。

blank13という作品は、私の中で今後長い間、思い入れの深いものになるのだと思う。勿論作品そのものが、自分の知っている話だからということもある。けれど、それだけではなくて、この作品を通して、初めて舞台挨拶というものに参加したこと、初めてこの作品で推し高橋一生に会えたこと、それから、カルテットを通して、高橋一生を通して、その気持ちを共有できる人たちと会えたこと。多分、ずっと忘れないと思う。もう大人だから、ずっと一緒なんてものがないことは知っている。物も人も、出会ってしまうと、後は分かれていくばかりだ。人生にはその時々で必要なものはどんどん変わっていくから。だから、なんとなく会わなくなるそんな日もいつかくる。けれど、出逢ってしまったことが全てだから、その時感じた想いとか、時間とか、それが私を歩かせることもある。最近よく既視感がよぎる。これだけ短いスパンで夢を思い出すことは今までなかった。それだけ、視た当時、夢が印象深いものだったのだと思う。これから選ぶ選択肢如何でまた道は決まっていく。できるだけ長い付き合いになれば嬉しいと思う。

 

 

そして、最後に1つだけ言わせてほしい。


山田孝之は正義。

 

blank13(第10回したまちコメディ映画祭in台東)

葬式は、日常にポツンと落ちる非現実だ。

 

最近の葬式は大概が斎場で執り行われている。死というイベントもイレギュラーを除いて、大概が医療施設で発生する。死は日常の延長線上にあるはずなのに、とかく日常から切り離されがちな現代である。

 

人の死という非日常に触れると、感情メーターが振り切れて、地に足つかない妙なテンションになることはないか。私はそうなる。そういう人もきっと少なくはないと思う。「キチンとしなければ」とか「笑ってはいけない」とか。そういう強いプレッシャーが人を可笑しな行動に追い込み、葬式では時々、想像の斜め上をいくハプニングが起きる。そのせいもあって、不謹慎だが、私は葬式でのスベらない話、いくつか持ちネタがある。ご高齢なご住職の身体をはったギャグのせいで参列者が新喜劇並みにコケた話、葬式で号泣していたら会場を間違えていた人の話、木魚を叩くバチにその家の飼い猫がじゃれ付いて読経のリズムが乱れた話、等々。
私個人としてはそのシュールさが可笑しくて仕方がないのだけれど、どうしても話の系統上、話を聴いた人は皆、躊躇いながら笑う。今回は私の父親の話をしながら、blank13について話したい。これは笑い話だ。どうか軽く構えて読んでほしい。

 

第10回したまちコメディ映画祭、幸運にもチケットに当選し、先駆けてblank13を鑑賞することができた。

 

シンプルな台詞、無駄のない構成。
若干の物足りなさと荒削りな部分は感じたのだけれど、齊藤監督いずれ名作と言われる物を撮るだろうな、と思った。この製作メンバーなら余裕で大衆向けにも作れたはずなのに、あくまで撮りたい物を撮ったんだ、そんな気概を感じて、好感をもった。ある種の独りよがりも感じた。嫌いじゃない。

 

特にメインとも言える、参列者がリリーフランキーさん演じる故人・マサトに言葉をかけていくシーン、芸達者たちの掛け合いが哀しくも可笑しい。(あのシーンは、ゲストにある程度の設定を伝えただけで、カメラを回し続けたらしい。ドキュメンタリーですね、とは監督談)佐藤二朗さんと野性爆弾くーちゃんはたまらなく好きだった。くーちゃんのシュールさには常日頃大変笑わせてもらっている。是非、劇場で刮目いただきたい。

 

このシーン、会場のあちこちで爆笑がおきていた。したまちコメディ映画祭、コメディというだけあって、コメディ要素はここにあった。

ただ、実を言うと、私はあまり笑えなかった。野性爆弾くーちゃんが登場した時にはニヤけずにはいられなかったし、最初は上滑りしていく佐藤二朗さんの言葉が段々癖になっていく過程も気持ちよかった。けれど、周りが笑うほどには笑えなかった。どうにも作品と自分の人生が重なりすぎて、完全な第三者として、あの場の滑稽さを俯瞰することができなかった。


私は、兄ヨシユキだった。葬式のシーン、兄ヨシユキは伏し目がちに微笑を浮かべながら、父に類する人間たちを静かに嘲笑しているように見えた。それを見て、斎藤工いいねぇ、と感心していた。(実はこの時の斎藤工さんは笑いを堪えていただけだったらしい。深読みをしすぎた)
深い意図はなかったのかもしれないが、兄弟の表情が対照的で、そこが印象に残った。兄は静かに嘲り、「父」を拒絶をしているようにみえた。弟は状況に困惑しながらも、「父」を拒絶しているようにはみえなかった。

 

兄と弟を分けるものはなんだろう。

そこに横たわるボーダーはなんだろう。

 

私の父の話をする。
父が余命半年と人伝てで聞いた時、兄も私も病院には行かなかった。話して示し合わせたわけではない。兄は消極的に、私は積極的にいかなかった。私はその状況を喜んだ。

 父が亡くなった時、私が一番冷静だったと思う。葬式を事務的にこなした。葬式のコースを決め、弔問客の相手をして、夜を通して線香を燃やし続けた。私は事務的にこなしていくだけで、父には触れなかったし、顔も敢えて見ないようにした。出棺をする時、兄が父の顔に触れて、「ありがとうね」と泣きながら呟いた。「男って結局お優しいのよね」と私は兄の甘さを冷淡に嗤った。火葬が終わって、骨壷に骨を納める時、兄は日和った。私は骨壷に入らない大きさの頭蓋骨を強い力で砕いた。

 

兄にも私にも父とのblankがあった。
兄には十数年の後、blankがあった、私にはblankの後、十数年があった。あるものがないものへ、ないものがあるものへ。兄と私との間の線引きは、ヨシユキとコウジとの間の線引きに通ずる気がする。

 

コウジはきっと、大嫌いで、困惑して、置いていかれて、寂しかった。
ヨシユキはきっと、憎くて、奪われたという気持ちが強くて、もういらなくて、それなのにそのシコリは、いくら立派な肩書きを得ても消えなかった。劇中からは、そのように受け取った。

 

お三方がウラジオストク映画祭主演男優賞を受賞した。この話を聞いてなるほど、と思った。「父、帰る」(2003)を製作したロシアだ、何か響くものがあったのだ、そう思う。菊池寛父帰る」とは恐らく無関係だと思う。この作品、blank13とは趣きが異なるが、これも父と息子たちのblankの話である。分かりづらい部分を各所に挟みながら、話は進んでいく。個人的には成人の通過儀礼の話だと解釈している。

 

劇中、大人コウジの隙間隙間に覗く、あどけない無防備な表情に、あの少年がいた。この辺りの高橋一生さんの表現力には、本当に痺れる。精神的な親殺しは、子が独り立ちするための通過儀礼だ。その前に父親は姿を消した。兄ヨシユキは何かを強く選ぶことができ、代わりのものでやりくりして、通過儀礼をこなしたようにみえる。一方、弟コウジは、何かを強く選べなかったように見えた。通過儀礼も終えず、同じ場所で少年のまま、途方に暮れているようにみえた。それは臆病だったり、優柔不断だったり、優しすぎたり、情に脆いせいかもしれない。多分、父マサトがそうだったように。紛れもなく、コウジは父マサトの子だった。

 

私の父の話だ。
父は恐らく自分のやってきたことはよく分かっていたと思う。父は自分の病室に誰も訪れないことについて言及しなかったらしい。ただ、死ぬ少し前、「来ないのか」と一言だけボヤいたと聞いた。それは直ぐに私の耳に届いた。それを聞いた時、私の胸に暗い喜びが弾けたことを覚えている。私はずっとこうしたかったんだ。復讐の快感に酔った。何度か、病院側から一度顔を見せませんか、という話があった。断った。父が死ぬまで結局行かなかった。

私の心の聖域にカルテットというドラマがある。ドラマ劇中にずっと音信不通だった父娘が出てくる。父親は死の淵にあるが、散々父で苦労した娘は父に会いたくない。その父に好意的な少年が、会いに行こうとしない娘を「親子なのに」と“正しい”言葉でなじる。一方、娘と共同生活をしている仲間が、「病院に行かなくていいよ」と彼女の心情を察して、肯定し、背中を押す。

 

blank13、劇中でコウジは父マサトに会いにいく。

 

「病院に行った方がいいよ」も「病院に行かなくていいよ」も、どちらも善意からやってくる言葉だ。死に瀕している人に、最後の情けを。もしくは、残される人に後悔が残らないように。これはきっと間違っていない。間違ってはいないけれど、正しいわけでもない。死という圧倒的なものを目の前にすると、ついその前に膝を折りたくなる。けれど、そんなものの前に、傷ついたことや、しんどかったこと、苦しんだこと、悩んだこと、そういう自分の過去をなかったことになんてしなくていい。病院には行ってもいい。行かなくてもいい。行くべきだと思ったら、行ってもいい。他人の言葉に迷わなくてもいい。許さなくていい、恨んでいてもいい。自分の気持ちや直感や選択肢を信じていい。結果に例え後悔が付いてきても、それはまたどうにかすればいい。選択肢を選べない時は、「選ばない」という選択肢を選んでもいい。あなたの選択肢を、気持ちを、判断を、大切にしていい。私は、私の判断をあの時、誰かに信じて欲しかった。


本当のことなんてものは蓋を開けてみないとわからない。そもそも本当なんていうものはあるんだろうか、と考える。物事には沢山の顔があって、見えている顔、見えない顔、多分そんなものがあるだけだと思う。
劇中では故人・マサトの葬儀に平行して、もうひと家族の葬儀も執り行われている。そのもうひと家族にも、やはりそれなりに抱えるものはある。
表面上はいくら立派に見えても、いくら余裕があるように見えても、蓋を開けてみると、それぞれがしんどかったり、不安だったり、寂しかったり、何かしら皆同じようにそれぞれの苦しみの種を抱えて生きている。だから、やはり人は独りでは生きていけない。
生まれた時に配られた自分の手札を想う。それで勝負をする。配られたカードで最良の手を考える。カード振り分けの不遇を嘆いても、カードは変わらない。他者のことを考えてみる。立ち止まって、考えてみる。見えない部分を考えてみる。でも皆んなに対してできるわけではないから、自分が想いたい人、自分が想う人の見えない部分に想いを馳せる。

 

ティーチイン、とある質問に対して高橋一生がこのように答えた。

 

「隣の庭は美しくみえる、でもそうではなくて、まずは自分の庭を美しくする。自分のことをまずは好きになる」

 

かなり省略しているので、詳細は是非各媒体でご確認いただきたい。私は高橋一生さんの(複雑な)ファンだ。高橋一生さんがこう答えた時、私はなんだか嬉しくて、真っ直ぐ見れなくて、それでもって、なんだか少し泣けた。

 


もう1人の兄は早くに亡くなっている。
兄が亡くなった時、父が母に投げたと聞く言葉は、口に出すのも躊躇われる。父親が非人間ということはわかっていたので、それを聴いても大して驚きはしなかった。しかし、子を亡くした母の気持ちを想って聴くと、どうにも打ちのめされた。

父が亡くなったことは、知らせなかった。後から知った父に馴染みのあった人々が、初七日を過ぎた頃ぽつりぽつりと現れた。父の仕事関係者と話した。父が仕事に尽力したこと、父がある人に恩を仇で返されたことを話し、そのある人が弔問していないことに憤った。私はそれを無感動に聴いた。
顔を出した親戚が酒に酔って話した。
面倒だったが、大体が面倒見のいい人間だった。父のことをそう話した。
別の人が話した。兄を火葬した日、兄の入った骨壷が仏壇から消えた。慌てた親戚が家の中を探すと、二階の自室で骨壷を抱えて泣く父がいた。紛れもなく、父も子を亡くした親だった。


コウジたちの物語は滑稽さと哀しみが強弱をつけながら並走して進んでいく。
哀しみと可笑しさは裏と表だ。哀しみの向こうに可笑しさがあって、可笑しさの向こうに哀しみがある。自虐ネタはその最も分かりやすい例だと思う。

 

父の葬式の時、ご住職が読経の中で何度も何度も父の名前を間違えた。通夜は名前の後ろ二文字を間違えたまま終わった。私も父の名前が確実にこれだという自信がなかったので、何も言い出せずに終わった。白木位牌をお作りになってから、名前の間違いに気づいたのだろう、葬儀ではご住職の苦戦が見えた。名前を間違える度、誤魔化したり、慌てて二文字を言い直したりする。間違える名前の方に余程思い入れがあったのかもしれない。誰かご住職のお知り合いのお名前だったのかもしれない。笑っては失礼か。名前間違えてない?と半笑いで訊いてくる親戚を無言で制して、私は笑いを堪えた。初七日、今日こそは間違えないぞと固い表情のご住職が現れた。お経が名前を呼ぶ下りに近づく。頑張れ、と俯いたまま心の中で念じた。ご住職は最初の二文字を問題なく発した後、言い淀んだ。言い淀んで、ううう、と唸った。木魚は鳴り続ける。間違った二文字は出てこない。ご住職は、ううう、と続けて唸った後、正しい後ろの二文字を力一杯叫んだ。私たちは堪らず爆笑した。

 

原作は、はしもとこうじさんだ。
なので、基本的に物語はコウジの目線で進んでいく。コウジのblankは少しだけ拾われたように思えた。コウジは物理的な父親の死によって、成人の通過儀礼を行うことができたのかもしれない。そこで思う。兄ヨシユキはどうだったんだろう。兄ヨシユキのblankは消化できたのだろうか。そこが気になった。

ティーチインにて、質問してみようと思った。ヨシユキさんが報われる何かが、あの告別式にはあったのでしょうか、と。考えてやめた。「主演・高橋一生」だ。これはコウジの物語だ。コウジの話をすべきなのかもしれない。考えて、躊躇って、結局手はあげなかった。

 

 

父のことを恨んでいるのか、赦したのか、それは最近よくわからなくなってきた。段々と恨みは風化していく。不思議なくらい色々なことが思い出せなくなってくる。
生きてきて欲しかったのかというとそうでもない。父が亡くなってから、私はやっと息ができるようになった。だから、多分これでよかった。兄は結婚した。私は兄と話すようになった。
父が亡くなって、物を全て処分する前に、使えそうな物は貰った、ブルーレイレコーダーと本を数冊。ブルーレイレコーダーの内蔵HDDは容量がパンパンだった。整理しようと中身を見たら、映画ドラマ旅番組ドキュメンタリー歴史番組、中身の9割が私がよく視聴するもの、もしくは好きなものだった。父とはほとんど話したことはなかった。消せるものは釣り番組しかなくて、消去ボタンを押しながら、私は呆れて笑った。いくつか本も引き取った。私はその時、童門冬二先生の上杉鷹山(上)を文庫サイズで読んでいた。父の本棚を漁ると、黄ばんで角も磨り減ったハードカバーの上杉鷹山(下)が出てきた。上巻はどこにもなかった。呆れて、笑って、その下巻を引き取った。


父は死んだ。だから、ここからは、私の荷物は、私が責任を持ってどうこうしなくてはならない。荷物を誰かと比べない。誰かを侮らないし、自己卑下もしない。自分の荷物を否定しない、否定しないけど必要以上に美化もしない。経験は経験として存在するだけで、そこに意味を見出さない。この経験は私だけのもので、誰のものでもない。きっと誰かも同じように。そこから誰かのことを考える。考えるだけ。考えて、寄り添えるなら寄り添ってみる。それだけ。

 


「斎」という字は、神事に縁がある。
神事に関わった藤原氏が、斎藤という姓を名乗ったという話がある。「斎」には、神仏に仕えるために身を清める、祈る、という意味があるらしい。今回、斎藤工さんは、監督に「齊」の字で挑んでいる。ただ単なる使い分けなのだろうが、何かしらをこじ付けたくなる私である。「斉」の字は、整える、まとめるというような意味がある。「斎」の字も「斉」の字も持つに至ったサイトウタクミさんが、この後どんな映画を撮っていくのか、本当に楽しみだ。とにかく応援したい。
この映画blank13、中毒域に近い「過ぎた肯定」を感じて、少しだけしんどかった。それでも、やはり、このblank13も間違いなく肯定の物語だと思う。映画や小説が、誰かの荷物を軽くすることがある。この作品も誰かの荷物を軽くすることがあればいい。

この作品をフラットに鑑賞するには、もう少し時間がかかりそうだ。齊藤監督からもらったキッカケを、私はもう少しだけ考えてみたいと思う。

高橋一生について(前段)

2017年、世間の熱の高まりとともに、高橋一生に墜ちた。
 
高橋一生」について語るにあたって、まずはわたしが如何に高橋一生に墜ちていったかを話さなければならないと思う。
 
 
 
わたしは、自認「オタク」である。
ドリームから出発し、BLを通り、本命ジャンルは持ちつつも、あちこちをつまみ食いしながらオタク道を邁進してきた。パブリックイメージ通りの「オタク」である。好きな漫画が舞台化されても参加したことはない。(ぎんたまみゅがあったら、ホイホイされたかもしれない……)
そんなわたしが、まさかの3次元――俳優・高橋一生に墜ちた。
 
 
わたしの初恋は、忍たま乱太郎の土井先生である。
次に恋をしたのは、天沢聖司
 
銀魂なら副長(殿堂入り)、スラダンならミッチー、ハガレンならハボック少尉、HUNTERならゴレイヌ etc……というように歴代の男性キャラクターはこのような顔ぶれになる。女性キャラクターなら、幽白の軀、風の谷のナウシカクシャナ殿下、ブラクラバラライカハガレンホークアイ中尉 etc……。(銀魂の副長は好きすぎて、恋愛ドリームからモブ部下ドリームになり、銀土へ移り、山土を経て、山崎推しになった。関係ない話のように思えるが、実はこの話後ほどまた出てくるので、頭の片隅に置いておいてほしい)
 
各キャラクターへの熱量の差はあれ、男性キャラクターなら、面倒見のよさそうな集団における苦労人。女性キャラクターなら、組織のリーダーで傷を持つ美しい人 という傾向がみえる。
そうしてみると天沢聖司は少し異質である。
既にここから始まっていたのか。
 
 
 
次に「高橋一生」を意識したのは、それから約20年後、「信長協奏曲」(2014)である。爽やかな外身、誠実そうな感じのいい雰囲気(役柄も相まって)、ルックスとギャップのある低音ボイス、この辺りに純粋に好感を覚えた。(よく考えると、長政様も面倒見のよさそうな集団における苦労人である)
 
当時、社会人生活を送る中で、タイプ傾向を探るための「好きな芸能人は誰?」という質問によく出くわしていた。2次元オタクすぎたわたしには、性愛対象の芸能人がいなかった。これまでは「3次元に興味がない」と言えば、わたしのイメージ損失だけでよかったものの、社会人のわたしは自分以外のイメージも背負っていた。もう、おいそれとその回答が出来なくなっていた。
そんな時出会ったのが、高橋一生as浅井長政である。長政様の隣に並ぶ「高橋一生」の文字を初めてちゃんと見て、「高橋一生」という俳優の存在を知った。ミーハーすぎないし、俳優としての印象も良い、そしていかにも「本当」っぽい。パブリック解答としては最適だと思った。わたしはあの苦痛すぎる質問から逃れるため、熱量が伴っていないのにも関わらず「好きな芸能人:高橋一生」と脳内パブリック用プロフィールに書き込んだのだった。
 
2016年の夏。
シン・ゴジラが公開された。
純粋に作品への期待があって観に行った。
そこで、高橋一生のことを(あ、長政様の人だ)と思ったのは覚えている。当時のツイートを確認すると、作品そのものを絶賛するツイートはしていても、高橋一生そのものに言及していない。しかし、この頃に長政様の人や安田の人以上に、俳優としての存在感が、わたしの深層心理に刷り込まれたように思う。
 
2016年、10月。
わたしはこの頃、逃げ恥を観ていた。基本的にはドラマを観る習慣を持たない人間だ。この時、わたしはこのようなツイートをしている。
 
津崎さん高橋一生の可能性もあったってまじ?それもめっちゃ捨てがたくない?もちろん星野源も良しだよ?
 
ああ〜〜!もう、完全に気になってる!
これは、完全に気になっている!!!
 
そして、2017年、1月。
ここが人生の分岐点である。
高橋一生の言葉を借りて、名詞を挿入する。
 
「(カルテット)それ以前それ以降ってわけてます、わたしの中で」
 
ドラマ・カルテットに出逢ってしまった。
まず、脚本・坂元裕二さん。この時点で観ることは確定していた。次に、主演の4人。坂元ミューズの満島さんは言わずもがな、松さん、松田龍平、間違いなく面白いと思った。実はこの時点で、まだ、このお3方に比べて高橋一生の印象は薄かった。この時点でのわたしのモチベーションとしては、「4分の3間違いない人だから観ようっと」この評価。
 
今だから、思う。このバカチンが。お前は、その2ヶ月後にドンガラがっしゃんするんだよ、オラッ!
 
2017年、3月2日。
ananを購入する。
この時、何故ananを購入したのか、その動機を覚えていない。こういうものを購入しないタイプの自分が、どうしてananを買おうと思ったのか、それは未だに謎である。
ただ、ファインプレーすぎる。わたしはいつも何かに助けられている。ananで高橋一生のセーターの下にインナーがないことが、わたしを悩ませるのだが、それはまた別の機会に話したいので、ここでは割愛する。
 
2017年、3月6日。
ここで、事件が起こる。
銀魂山土推し・山崎クラスタの界隈で銀魂実写化に関する1つの噂が流れた。
 
高橋一生as山崎退かもしれない……」
 
わたしは歓喜し、のたうち回って、頭を抱えた。
 
山崎いっせー美味すぎて頭割れそうなくらい萌える。もう今後山崎いっせーでしか頭の中で再生されない しかし山崎の顔面は地味だし美形ではないけども決してブスではない程度の整い具合だと思っていたので山崎いっせー贅沢すぎて怖い ともかく「山崎いっせー」の概念を落として下さった方に圧倒的感謝
 
もう随分高橋一生のことを好意的に思っている。
 
そして、2017年、3月7日。
運命の日。
カルテット 第8話  放送。
ここでわたしは家森に転がり落ちた。
家森の悲哀と慈愛を想って泣いた。
 
当時、わたしは諸事情があって、もう文章が書けなくなっていた。どうやっても、文章が書けなくて、6年近く経っていた。ずっと心がしんだようで、不感症で、情熱も想像力も失っていた。第8話の1週間後、わたしはカルテットの二次創作文をpixivにupしていた。毎日、家森のことを考えた。家森とすずめちゃんの恋について考えた。2人が上手くいってほしいと願った。それから約1ヶ月半、狂ったように、家すずの話を書き続けて20数作書いた。
ただ、わたしはまだこの頃、家森のことだけを考えていた。3月23日、突如として、これまでさん付けで呼んでいた家森を、呼び捨てにし始める。わたしが家森と同化した瞬間である。
 
高橋一生氏はもちろん素晴らしい俳優さんだなあとおもっているけど、高橋一生as別府司だったら私はここまで大騒ぎしていないとと思う。高橋一生as家森諭高という相乗効果がすごかった。キャラに命が宿っていた。説得力がすごかった。この世界のどこかに間違いなくあの人が生活していると思える。
 
こういうことを呟いている。
 
そして、この頃からジワジワと家森の中の人ーー高橋一生が纏う妙な空気感に気づき始めた。
 
4月8日、ブランチで氷結の映像を観て爆笑する。
まだ、高橋一生を家森として見ている。
 
4月中旬、カルテットに混じって「家森の中の人」と呼んで言及するツイートが入り始める。
 
4月30日高橋一生の虚無に気がつく。
 
わっかる~~そう、たかはしさんの向こうに虚無を感じる……だから遠くから眺める分でいたいって感じ……ハマると怖いのでちょっとあえて作品と俳優を分けて考えようと努めて、敬遠している感ある……
 
そう、史上最高究極の気遣い出来る人って感じだから「好き」の前に「怖い」がくる。そちらを向いた人を俯かせてしまうような魅力がある。一言好きだと口に出してしまえばあとはひゅーっと底なしに落ちるのみだから、名前も好きも口に出したら終わり(oggi買うた)(割りともう手遅れ)
 
出来るだけ考えないようにしてて、でも素敵ですよってちょっと距離を置いた言い方をして先手打った感があったけども、随分かの人に取りつかれているわ
 
あの人の名前を言うのも怖いと言うと友人が気を効かせて高橋ワンライフって言い始めたんだけど、生命保険会社感すごい
 
サンシャイン斎藤さんには欧米的な色気(いわゆる本当にセクシー)を感じ、高橋ワンライフさんには戦後から続いている映画館に感じるノスタルジーと淋しさと切なさを感じる色気でセクシーというよりはエロいと言いたい感じなので即物的な姿形よりも間接的な何かの方がぎょええええってなります
 
ゴールデンウィークに入り、明らかに高橋一生関連のツイートが増える。
ミートボールマシーンとモザイクジャパンとwomanを観る。
 
この頃、家すず同棲シリーズに平行して、「悪魔について」という表題で高橋一生に関する文章を書いている。今になっては、感情がこみ入りすぎているので、この話は陽の目を見ることはないと思う。当時書きながら、家すず関連で繋がった高橋一生ファンの方に申し訳ないという気持ちがあったことを覚えているので、まだこの頃は高橋一生を茶化す気持ちがあった。
 
5月中旬、カルテットとララランドの話をしている。
ワンライフ氏と呼んで茶化しながらも表現者としての高橋一生に惹かれている。
 
5月22日、よく喋るOLさんと出逢う。
この頃から6月下旬にかけて、わたしが闇落ちする。
何度も言うが、OLさんはとても素晴らしい方である。イセクラ(高橋一生ファン)方面のルートが拓けたことで、高密度の高橋一生情報に触れ始めたのが原因と考えられる。
 
5月29日、余裕のある距離を置いたツイートをしている。
 
ワンライフ氏の健全なファンの皆さん、何があっても生きてな👍✴✴✴呑みには付き合うからな👍👍👍(不健全なファンからのメッセージ)
 
6月2日、「#職場の高橋一生」が生まれる。夢中になって散々遊ぶ。
 
ワンライフ氏にそわっそわしながらも濁してファン宣言しない理由を考えたんですけど、“高橋一生というコンテンツを消費しているという罪悪感がすごい”という結論に至りました。これどなたかも指摘されてたことなんですけど、消費前提のエンタメという分野で、こう思わせるものって他にみたことない
 
遊びながらも、罪悪感は感じている様子。
 
6月12日、家族に乾杯が放映される。
 
おこわパカ、下の歯の話、コンマ数秒に漂う虚無に心を奪われる。
 
歯並びに人生見出すわたし……ああいう自分を“律するタイプ”(あえてかっこがき)が歯並びすこしがちゃっとしてるとしぬほどもえるんですよね、ああ、隙があるって、字が汚いとかも同じ系列でもえる……
 
そうなの…ほんとに…下顎の歯並びが少しがちゃっとしてる部分があって、笑ってそれが見えるたびに、ムラッともザワッともソワっともキュンっともいえる感情が身の内で波立つんですよね…健全なクラスタさんがいる前でほんとこう言うこというの申し訳ないけど…ヌードよりよっぽどエロいんです
 
おこわパカッの件、そうね、わたしも思ったんだよ、すごいなって思ったし怖いなって思って、詰まる所人間の本性なんてそういう端々の所作にしかもう見えないんだよね、で、あの人はあれ自分で見つけた感じがしてね、わたしは怖いなって思った いや、しかし、まあ、頗る頭の良い人なんだろうな
 
だから見てるんだろうな〜〜他人のそういう所作すっごい見てるんだろうな〜〜面白がれるんならいいけどね、ボーダーひく感じじゃないといいんだけどね
 
今、友人の家で家族に乾杯の録画を観てて、指摘されて気がついたんですけど、わたしは最初から最後までずっと顔を顰めて視聴していたらしい、たぶん初見も。アンビバレンツな感情抱えすぎやろ…
 
かぞくにかんぱいで、市の広報部?の女性がワンライフ氏に物をエア食べさせるみたいな映像あったじゃないですか、あの時わたしとてもハラハラして、コンマ数秒空けてワンライフ氏応えるように食べる真似して、はい、このコンマ数秒…うん、このコンマ数秒ね…食べる真似をしてる間中呼吸が苦しかった
 
かなり複雑な感情を抱いている。
 
6月14日、闇落ちの末、「#無職の高橋一生」を生み出す。
各人の生活に侵入した無職をみるにつけ、業の深さに遠い目になる。
わたしはほとんど呟いていない。
 
わたしが歪みまくってるのは自覚してるんですけど、ほんとうにごめんなんやけど、重ね重ね謝るんですけど #無職の高橋一生 だれかやってくれません…? #家にいる高橋一生 に虚無を加えた感じでだれかやってくれん? きみはペットみたいな明るい感じもまたよしなのでおねがいします
 
#無職の高橋一生 不本意無職⇔積極的無職の軸と、虚無⇔ほのぼのの軸で、散布図(XYグラフ)ができそうですね(あなたの好みはどれ?)
 
( #無職の高橋一生 は彼本人の闇の深さを量るものではなく、このタグを使って呟いた者の明度をはかるリトマス紙である)(ゲス顔)
 
やたらと統計を取りたがっている。
高橋一生ファンダムを形成する人々の人種に興味を示し出す。
 
俳優の世界線、職場にいる世界線、無職の世界線、dtvの世界線、スーパー店長の世界線、超ひも理論でいうと次元の紐は開くかもしれないし、シュレーディンガーの猫ですよね、開けてみるまでどの世界線のワンライフ氏かはわからない、全てのワンライフ氏が重なって存在している
 
わたしがワンライフ氏と言うのは、茶化して距離を置いている部分があって、この心理の根源にあるものはアニミズムの深淵からやってくる“畏怖”なんですよね  本当の名前を呼ぶのはこわくて、でも本当の名前は知ってて既知の存在にはなってるから、安心して字を呼ぶとこある  何言ってんのかな?
 
なんかややこしいこと言っている。
 
6月下旬、最高に闇落ちしている。
 
実際の人間関係で本気で他者をひっぱりたいなら“わかりやすさ”が至上命題で、何考えてるかわからないと言われた時点で私はいつも敗けたなと思うんですけど、ニーズを把握して自己プロデュースで「ミステリアス」ならプロだなすごいと思うし、時間をかけて社会性を身につける過程で、あれを“正解”と思って自分で選んでいって、でもコンマ数秒の狭間にやっぱりまだあの少年はいるんだよね、そう思うと、案外まだまだ下手で幼さを感じてしまうんですよ。本気で正解したいならコンマ数秒はなくさないと、敗けです。でも、それすらも実は自己プロデュースの一環だとしたら、もう、敗けてるのは完全にこっちなわけで、こうして考えている間にも“消費させられてる”わけじゃないですか、立場としては圧倒的に下にいますよね、はい資本主義の奴隷ですよ…うふふふこわっ
 
狂い始めている。
 
わかる…承認欲求高そうな人だなっておもう…承認欲求ってわりと20代のうちに片付ちゃうところあると思ってるんですけど、だから、彼は“わかいなあ…(感嘆)”っておもう
 
実生活で自分の話や考えを積極的に話す時って、
①相手の情報にタッチしないため(相手のタブーを探るため)
②自分のことを知ってほしい
③慰みタイプの承認欲求
④サービス精神
⑤自己プロデュース
この辺りなのかな…他ある?
さあ、ワンライフ氏はどーれでしょ?
 
この一ヶ月くらい、考えれば考える程、高橋ワンライフ氏(生命保険会社感つよい)の中に自分を見い出しすぎて、自己嫌悪に打ちのめされて、転がり回っているんですよねえ…血の涙流している…あれ、鏡なんですよ
 
氷結は素直にかっこいいと思っている。
 
氷結毎回思うんだけど全体としてCMの完成度高いわ センスいい〜〜あとわかる〜ワンライフの髪ペタって意味、メイクさんさすがだし、衣装のセレクト足元がすきだ   
36歳ってまじですか?ってかんじだよなあ   
カックイかったです!!動いてくれてありがとう!
 
この頃に、高橋一生と戦うという考え方を与えいただく。
 
わたしが周りからどういう認識されているか、わからないんですけど、わたしはワンライフ氏に無茶苦茶複雑な感情を抱いていて、好きと声高に叫ぶには躊躇する…悔しいというか、「戦う」という単語お見かけして「あ、それの方がしっくりくる」って感じですね…まあ、今のところ勝率ゼロなんですけどね
 
あとどなたか図書館に一緒に付いてきてもらえませんか、新聞のコラム読みたいんです。本当は図書館に一度行ったんです。ただ、好奇心が羞恥心に負けて逃げ帰りました。だから、わたしが羞恥心に塗れながら、司書さんに頼むところ見守っててくれませんか、よろしくどうぞ
 
羞恥心が邪魔して、未だにコラムは読めていない。
 
ただ、完全に戦いに入る前に1つだけ言いたいのですけど、でぃーてぃーびーのCM世界線のワンライフ氏のことは控えめに言って、抱いてやるから家で待ってろ と思ってます!!!以上です!!!!!ご清聴ありがとうございました!!!!!!!
 
正直すぎる煩悩。
 
高橋一生を「すき」と声高に叫べる時点で、人生の圧倒的勝ち組…みたいなところあるよね…わたしはなれなかった…
 
わたしは自分のことを「イセクラ」とは思えないし今後も言わないし、やはり屈託なく「好き」と言えるイセクラさん達との間には深い川が流れているんですよ、でね、気づいたんだけど、私たち同じ宗教を信じてる、でも生まれた土地が違うの、イセクラさん達は欧州に、わたしは踏み絵をする土地に生まれた
 
こうね、わたしがなんでこうも「ぐぬぬ…」となるのかというと、わたしの過去やコンプレックスや、逃げ続けている性別を、突き付けてくる感じが怖ええのよ、「拾って、持ってくんじゃねえよ…」ってなるのですよ
 
のたうち回っている。
しかし、血反吐を吐きながらも、前を向こうとしているように見える。
 
「消費されるのがかわいそう」とこ「孤独な」という評価、母性本能のようなもの(存在すると仮定して)をくすぐるのはわかるのですが、かの人は、どこまでも『タフ』ですよ、そんなん屁でもないと思うのですよ、あの強さ自分で勝ち取ってるからね…
 
脳みその構造的に結構近いところあるのだろうなとここ数日感じていてて、だからここまで愛憎募らせているのであって多分、健全な自己愛と自己嫌悪の天秤、健全な自己愛に少しだけ傾く気がする そしたら素直に推せる、こうぬかるんだ場所に差し掛かったら、身を差し出して橋になるくらい(求めてない)
 
7月9日、とうとうリアルの友人に高橋一生の話をする。
 
服オタの友人に、製作側が高橋一生にインナーを着せてくれない…と初めてかの人の名前を出して話したら「言いたいことはわかる、それに出会したら俺も気になると思う、けど、あの人の魅力って、喉とか喉仏とか、デコルテとか、肩筋にあるよ、同性の俺でもそう思う」…だそうですよ、みなさん…ひえっ
 
7月10日、マーキュリーファーの対談記事を読む。ソファから転げ落ちるほど、怯えて、好きが突き抜けて、インスタント解脱を迎える。
 
超ひも理論、わたしが常々言ってたやつやん…推すべくして、出会った推しなのかなって…こわくなってきた(超ひも理論すきな人はMr.nobodyという映画オススメです)わたしが書いた東京JUNCTIONも超ひも理論がベースにあります
 
わたしが常々思っていることは、自分という存在は、自分の肉体に留まれなくて、常に他者という外付けハードディスクがくっ付いて、やっと存在していると考えいて、実は自己の線引きとはすごく曖昧だなと感じている…
 
高橋一生さんはほんとうに、あれですね、茨木のり子先生の「敵について」を「推しについて」に替えて朗読したくなりますね…
推し! と叫ぶことのできる
    私の推し! と叫ぶことのできる
    ひとつの出会いがきっと  ある」
 
こんなに誇らしくなる推しが、かつていただろうか、いや、いない(反語)
 
高橋一生いま、もうわりと菩薩ステージぐらいにはいるんじゃないかな、時間圧縮で早急に悟り開いて、あと5年後には一生如来になるんじゃないかな
 
ここから、DOCOMO、おしゃれイズム、with、あさイチと続き、高橋一生尊いの域にたどり着く。
 
各媒体については別記事を設ける。
ここまでが概念「高橋一生」に対するわたしの独り相撲の約数か月である。お分りいただけただろうか。この前段階があって、ようやく高橋一生について語ることができる。
 
先に述べた、「わたしは2次元オタクである」という言い方は不誠実だったように思う。映画も好きなので、内容如何に関わらずその俳優が出ていれば必ず観るという推し俳優はいる。
サンドラブロック、キーラナイトレイ、トムハーディ、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ジェームズマカヴォイ、ルークエヴァンス。この6人だ。この国の芸能界では一人もいなかった。
高橋一生については正直、まだ何もつかめていないと途方に暮れている。
それでも一つ確かにわかることは、出演さえしていればその作品を観ようと思わせてくれた、初めての人であるということだ。